フィリピンの場所

バンサモロ(ミンダナオ)

Bangsamoro, Mindanao — 紛争後の地域

フィリピン南部ミンダナオ島西部。50年続いた紛争で約12万人が亡くなり、約200万人が家を追われました。2014年の和平合意と2019年の自治政府発足のあと、貧困率は2018年の52.6%から2023年の23.5%まで下がりました。戦争が終わると貧困がどう動くかを、実数で追える稀な場所。

未確認 公開情報をもとにまとめたもので、団体への確認はまだです。 最終確認 2026年9月21日

関連する SDGs1貧困をなくそう16平和と公正をすべての人に

バンサモロ(ミンダナオ)の位置

いま、どうなっているか2026年9月時点

2019年にバンサモロ自治地域(BARMM)が発足し、大規模な戦闘は終息しました。貧困率は5年で半分以下になり、2023年には全国で最も高い地域ではなくなりました。一方で、水準そのものは全国平均10.9%の倍以上で、紛争の影響は残っています。

何があったか

  1. 1968年 ジャビダ虐殺。サバ侵攻作戦への参加を拒んだモロ人の新兵28人が、コレヒドール島で国軍に殺害されたとされる。現代のモロ武装闘争の引き金とされる出来事。 [1][2]
  2. 1970年代前半 モロ民族解放戦線(MNLF)が結成され、独立国家を掲げて武装闘争に入る。戦闘が拡大し、1976年までに推定5万人が死亡、50万人以上が家を失った。 [2][3]
  3. 1996年9月2日 政府とMNLFが最終和平合意に署名。ただしモロ・イスラム解放戦線(MILF)はこれを受け入れず、闘争を続けた。 [1][2]
  4. 2014年3月27日 政府とMILFが「バンサモロ包括合意(CAB)」に署名。20年以上続いた武装闘争を終わらせる最終合意となった。 [1][4]
  5. 2019年1〜3月 住民投票でバンサモロ基本法が承認され、バンサモロ自治地域(BARMM)が発足。 [1][5]
  6. 2018年 → 2023年 世帯ベースの貧困率が52.6%から23.5%へ低下。全国で最も貧しい地域ではなくなった。 [6]

誰と誰が、なぜ戦っていたのか

ミンダナオ島西部とスールー諸島には、スペイン植民地化より前からイスラム教徒が暮らしていました。彼らは自らをモロと呼びます。スペインも、そのあとのアメリカも、この地域を完全には支配できませんでした。

転機は20世紀です。フィリピン政府がルソン島やビサヤ諸島からキリスト教徒の入植を進め、数世代のうちにモロは自分たちの土地で少数派になりました。土地の権利も、行政の職も、開発の恩恵も、入植者側に移っていきます。

積もった不満に火をつけたのが1968年のジャビダ虐殺でした。マレーシア領サバの奪取作戦に投入されるはずだったモロ人の新兵が、作戦の内容を知って従うことを拒み、殺害されたとされる事件です。これを機に、モロ民族解放戦線(MNLF)が独立を掲げて武装闘争に入りました。

つまりこの戦争は、宗教の違いだけで起きたものではなく、土地と自治権をめぐる対立が大きかったと考えられています。宗教は、その線引きに使われてきました。

何が終わらせたのか

50年かかりました。1996年にMNLFと、2014年にMILFと、それぞれ和平合意が結ばれています。大きな転機になったのは後者、バンサモロ包括合意(CAB)でした。

この合意が過去の失敗と違ったのは、自治の中身を具体的に決めた点でした。独立は認めない代わりに、立法権を持つ自治政府をつくり、財源を配分し、元戦闘員の武装解除と社会復帰を計画に組み込みます。2019年の住民投票を経て、バンサモロ自治地域(BARMM)が発足しました。

戦争が終わると、貧困はどう動くか

ここがこの場所を載せる理由です。

世帯ベースの貧困率
2018年52.6%(全国で最も高い)
2023年23.5%(最も高い地域ではなくなった)

5年で半分以下になりました。フィリピン全体の貧困率が同じ期間に緩やかに下がったことを考えても、この落ち方は際立っています。

ただし注意が要ります。この数字だけでは、どこまでが和平の効果で、どこまでが全国的な経済成長の効果かを分けられません。因果を断定するには、もっと踏み込んだ分析が必要です。ここでは「並んで起きた」という事実までを書いておきます。

それでも、23.5%という水準は全国平均10.9%の倍以上です。戦闘が終わることと、暮らしが立て直ることの間には、まだ距離があります。

この場所から学べること

紛争と貧困の関係を考えるとき、ミンダナオは希望と警告の両方を示しています。

希望は、終わらせられるということ。50年続いた戦争にも終わり方があり、終われば数字は動きます。

警告は、終わってからが長いということ。自治政府はまだ発足から数年で、元戦闘員の社会復帰も、行政の能力構築も、途中です。戦闘が止まった日を「解決した日」と読むと、そのあとに必要な支援が見えなくなります。

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